フランスパンの中でも最小の材料で味の差が出るのがバゲットです。そこで家庭オーブンを前提に、道具を増やさず再現しやすい作り方へ落とし込みます。この記事は粉と水と塩と酵母の比率、水温と生地温、こねない折りたたみ、最終発酵の見極め、クープ、焼成と冷却、保存までをひとつの流れに整理しました。数値と合図をセットで覚えると、同じ条件を再演しやすくなります。今日読んで明日作れるラインに調整しました。
- 粉の種類と加水の関係が分かります
- 水温と生地温の合わせ方が身につきます
- こねない工程で生地を痛めずに進められます
- 発酵の若さと過ぎの判断が揃います
- クープが開く角度と深さを理解できます
- 焼成のスチーム切替で色と食感を整えます
- 冷凍とリベイクで翌日も香りを引き出せます
バゲットの作り方は家庭で整える|落とし穴
最初にゴール像を言葉にします。外は薄く軽い皮でパリッ、中はしっとり甘い小麦の香り。そのために温度と湿度、触る回数、時間配分を固定化します。家庭では火力と庫内湿度が安定しにくいので、予熱の厚みとスチームの切替を決めるだけで成功率が上がります。動線は短く、迷いは前日までに潰します。
工程の見取り図
① 計量→混合→オートリーズ ② 塩と酵母投入→折りたたみ ③ 一次発酵→途中で2〜3回の折り ④ 分割ベンチ ⑤ 成形 ⑥ 最終発酵 ⑦ 予熱とスチーム準備 ⑧ クープ ⑨ 焼成 ⑩ 冷却→保存
注意:工程を飛ばすよりも時間を短縮する工夫を優先します。たとえば折りたたみを一回減らすより、温度管理と動線の短縮で時間を捻出すると出来が安定します。
- 温度は数値で判断し体感で微調整します
- 触る回数は最小限にして生地を守ります
- 最終は若めで止めクープで伸びを稼ぎます
- スチームは初期に厚く途中で抜きます
- 仕上げは扉を少し開け皮を乾かします
- 冷却はラックで縦置きし湿気を逃がします
- 記録は粉と加水と水温と段位置を残します
時間配分の骨格を決める
平日夜に仕込むなら混合〜折りたたみまでを終え、冷蔵庫で一次発酵を持たせると翌朝が楽です。休日は室温で一次を進め、分割後にベンチで生地温を整えてから成形に入ります。どちらも狙いは最終が若めでオーブンへ入ることです。焼成の予熱は表示完了+3〜5分を目安に余熱を蓄え、初期の温度降下を抑えます。
温度と湿度の役割を理解する
生地温は一次24〜26℃、最終26〜28℃が基準です。温度は発酵速度とグルテンの状態を決め、湿度は表皮の固まり方を決めます。初期3〜5分のスチームで窯伸びを稼ぎ、色が乗り始めたら抜いて皮を締めます。湿度過多は皮が厚く、不足はクープが開かない原因です。切り替えの合図を自分の機種で一度決めておくと迷いません。
触る回数を減らす
こね過ぎは気泡をつぶし酸化も進みます。折りたたみで網目を作る方が香りが残り、見た目も軽く仕上がります。折りは一次中に2〜3回、角から中心へ畳むだけ。作業台の粉は最小限にし、手水で付着を防ぐと余粉が減ります。触るほどに乾燥が進むので、段取りを先に決めて素早く進めます。
家庭オーブンの癖を先に知る
同じ温度表示でも上下左右で焼け方が違います。最初の2回は段位置を変え、底色と側面の色の差を記録します。色が早い機種は下段、底が白い日は二枚天板や石で熱容量を稼ぎます。庫内温度計があると表示との差が把握でき、予熱や焼成時間の判断が容易になります。
片付けまで含めた動線設計
投入前に霧吹きや湯トレー、クープナイフ、パーラーの位置を決めます。余粉を払う刷毛、焼き上がりのラックも手前に。動線が短いほど扉の開放時間が減り、窯伸びが大きくなります。オーブン前は空けて、手順を声に出して一度シミュレートすると成功率が上がります。
全体設計は温度・湿度・触る回数の三点で決まります。段取りを紙に書き出し、初回はそのまま実行。二回目で一箇所だけ変えるのが上達の近道です。
材料と分量の基準を決める

配合は味と扱いやすさの両輪です。まずは準強力粉100%・加水65〜68%・塩2%・ドライイースト0.1〜0.2%を起点にし、粉の銘柄や季節で1%ずつ動かします。高加水は香りが広がりますが難度も上がるため、家庭オーブンでは色づきや底火との釣り合いで調整します。
| 材料 | ベーカーズ% | 2本分の目安 | メモ |
|---|---|---|---|
| 準強力粉 | 100% | 300g | 好みで全粒粉5〜10%置換 |
| 水 | 65〜68% | 195〜204g | 室温と粉の吸水で微調整 |
| 塩 | 2% | 6g | 味と発酵の抑制に作用 |
| ドライイースト | 0.1〜0.2% | 0.3〜0.6g | 冷蔵長時間なら少なめ |
| モルト(任意) | 0.1% | 0.3g | 色づき補助。入れすぎ注意 |
| 氷(夏場) | — | 数個 | 仕込み水を冷やす用途 |
ミニ統計:家庭で扱いやすい加水の最頻は66%前後、塩は2%固定、イーストは室温発酵0.2%・冷蔵長時間0.1%付近が安定帯です。全粒粉は5%置換で香りが増し、成形の難度は小さい傾向です。
チェックリスト:□ 粉の銘柄を固定 □ 計量スプーンを統一 □ 水温を計算 □ 塩は先に量り別皿へ □ イーストは微量秤で □ 仕込みは同じボウル □ 記録は配合と水温を必ず残す
水温と生地温の合わせ方
狙いの生地温から室温と粉温を差し引き、仕込み水温を決めます。例えば狙い26℃、室温24℃、粉温22℃なら水温はおよそ32℃です。夏は氷を使って下げ、冬はぬるま湯で上げます。数度のズレは発酵時間で吸収できますが、成形で扱いやすさが変わるため、まずは着地を26℃に寄せます。
塩とイーストの扱い
塩は味の輪郭と発酵の抑制に効きます。イーストは微量でも働きが強く、入れ過ぎると香りが単調になります。冷蔵長時間なら0.1%、室温主体なら0.2%を起点に。ドライイーストは水に直接溶かす必要はありませんが、混合が偏らないよう粉に均一に散らします。計量は微量秤で確実に。
全粒粉やモルトの使い分け
全粒粉は5〜10%で香りが豊かになりますが、吸水が増すため水を1〜2%足します。モルトは酵素の働きで色づきやすくなりますが、入れ過ぎるとベタつきやすいです。まずは無しで焼き、色が乗りにくい機種で必要を感じたら0.1%から試します。配合は一度に一箇所だけ動かします。
配合はベースを固定→一点だけ変更が鉄則です。水温と生地温の管理を先に覚えると、少ない試行で好みの味に近づけます。
こねない作り方と発酵管理
香りを残しつつ失敗を減らすには、力をかけずにグルテンを整えるのが有効です。オートリーズと折りたたみで網目を作り、時間に仕事をさせます。一次は過ぎないよう合図を決めて、最終は若めで止め、クープと初期スチームで伸びを稼ぎます。
折りたたみのステップ
① 混合後15〜30分置く(オートリーズ) ② 塩とイーストを入れ軽く混ぜる ③ 30分ごとに四隅から中央へ折る×2〜3回 ④ 生地温が24〜26℃で体積1.5倍を目安に一次完了
Q&AミニFAQ
Q:オートリーズは必要ですか。A:粉を潤し網目の土台を作る目的で有効です。短くても効果があります。
Q:折りは何回が良いですか。A:生地の張りが出るまで2〜3回。やり過ぎると乾くので回数を決めておきます。
Q:一次の見極めは。A:容器の目盛りで1.5倍、指で触れると弾みがあり表面に気泡が見える状態が合図です。
コラム:「こねない」は放置ではありません。短い介入を要所に挟む設計です。作業が軽くなるだけでなく、香りの抜けが少なく内相もしっとり仕上がります。
分割とベンチで張りを作る
一次を終えたら台に出し、カードで均等に分割します。軽く丸めて綴じ目を下にし、湿った布で10〜20分ベンチ。ここで生地温が揃い、ガスが落ち着きます。張りを作り過ぎると成形で裂けやすくなるため、丸めは優しく短時間で終えます。台の粉は最小限、手には薄く手水を。
最終発酵の見極め
成形後は布取りで乾燥を防ぎます。指で軽く押して跡がゆっくり戻るなら若めで入り頃、戻らないなら過発酵です。若めで入ると耳が立ちやすく、見た目も整います。過発酵気味の日は初期スチームをやや控え、窯伸びを抑制します。機種差が大きい工程なので、写真と数字で記録します。
冷蔵長時間発酵の活用
時間をずらしたい日は一次の途中または完了で冷蔵へ。0.1%のイーストなら一晩〜24時間が扱いやすい帯です。取り出して室温に戻し、張りが出るまで折りまたはベンチを長めに。香りは穏やかに、内相はしっとり寄りに仕上がります。冷蔵後は発酵が早く進むので見極めは慎重に。
発酵管理は合図の固定化が鍵です。容器の目盛り・指跡・生地温、三つの指標を同時に見ればブレが小さくなります。
成形とクープの要点

成形は張りを作り気泡を偏らせない工程、クープは膨張の逃げ道を作る工程です。生地を締め過ぎず、継ぎ目を確実に閉じ、クープは浅く重ねて通します。角度は30〜40度、深さは3〜4mmが目安。ためらいは線を乱すので、通す位置を先に決めて一気に切ります。
メリット/デメリット
メリット:張りを適度に作ると気泡が均一、クープが耳を立てやすい、見た目が締まる。
デメリット:締め過ぎは横裂け、粉の付け過ぎは刃が滑り浅くなる、乾燥は表面亀裂の原因。
よくある失敗と回避策
① 横に裂ける:締め過ぎ。張りを弱め、深さを3mmに抑える。② 耳が立たない:最終が過ぎ。若めに入り初期の湿度を厚く。③ 斜めに歪む:動線が長い。投入を素早くし余粉を払う。
④ つなぎ目が開く:綴じ不足。終端を手刀で密着。⑤ 刃が進まない:粉過多。刷毛で払い表面をわずかに湿らせる。
「浅く重ねて一気に通す」。角度を寝かせ気味にして刃先を進ませると、切り口が重なり耳が立ちやすくなります。止め切りは跡が残るので避けます。
成形の流れと力の向け方
ガスを均し、中央から外へ力を送って畳み、綴じ目を横に倒して圧を集中させます。転がしは回数を最小限にして長さを揃えます。力は指先ではなく手の面で。粉は滑り止め程度に抑え、手水で調整。張りが均一に入ると気泡の偏りが減り、焼成中の姿勢も崩れにくくなります。
クープの角度と重ね方
角度は30〜40度、深さは3〜4mm。切り口を重ねる意識で浅く通し、3〜5本を等間隔に入れます。ためらうと線がジグザグになるため、位置を先に声出し確認してから一気に。刃は新品か良好なものを使い、余粉は必ず払ってから入れます。重ねの意識だけで開き方が変わります。
乾燥と過発酵のコントロール
成形後は布取りで乾燥を防ぎ、風を当てないこと。過発酵気味なら初期の湿度を控えて形を保ち、若いなら厚めの湿度で窯伸びを助けます。判断を写真と数字で残すと、次回の修正点が明確になります。乾燥は表面の微細亀裂の原因なので、作業は素早くまとめます。
成形とクープは張り・角度・速度の三点です。通す前の準備を徹底し、一筆書きの動きで迷いなく終えると仕上がりが安定します。
焼成の流れと冷却保存
焼成は初期の熱と湿度が勝負です。予熱は表示完了後も天板や石に蓄熱させ、投入から3〜5分は湿度を厚く。その後は抜いて色を乗せ、最後は扉を少し開けて皮を乾かします。焼き上げたらラックに縦置きで湯気を逃がし、完全冷却後に保存します。
- 予熱230〜250℃で天板や石を十分に温める
- 投入の動線を短くし扉の開放を最小限にする
- 初期3〜5分はスチームを厚く保つ
- 色が乗り始めたら蒸気を抜いて締める
- 底色が弱い日は段を下げるか二枚天板を使う
- 仕上げは扉を少し開けて皮を乾燥させる
- ラックで縦置き5〜10分で湿気を逃がす
- 翌日回しは完全冷却→即冷凍→リベイク
ベンチマーク:総時間18〜23分、初期スチーム3〜5分、仕上げ乾燥1〜2分。色が早い日は10℃下げ、遅い日は10〜20℃上げます。鳴きが出れば乾きの合図です。
注意:霧吹きは庫内ガラスに直接かけないこと。熱衝撃で破損の恐れがあります。湯トレーや金属ボウルのドームで保湿する方法が安全です。
スチームの作り方と切替
湯を張ったトレーは安定、霧吹きは手軽、金属ボウルや蓋鍋は密閉で強い効果があります。いずれも目的は初期の保湿だけ。色が乗り始めたら一気に抜いて締めます。切替の合図を3〜5分と決めておくと、開閉の迷いがなくなります。
冷凍とリベイク
翌日に回すなら完全に冷ましてからカットし、小分けでラップ→袋へ。空気を抜いて冷凍し、食べる直前に常温で軽く解かし160〜180℃で5〜8分のリベイク。皮がパチパチ鳴けば合図です。霧をひと吹きすると内相のしっとり感が戻ります。
保存の実際
常温は半日が香りのピークです。袋や箱に入れるのは粗熱が完全に抜けてから。温かいまま密封すると皮が戻り香りも逃げます。翌日はトースターで軽く色を付け、切り口の水分を飛ばすと風味が立ちます。
焼成は初期を潤す→途中で抜く→最後に乾かすの三段。冷却と保存まで決めておくと、食卓の満足度が安定します。
トラブル別の対処と上達の記録
うまくいかなかった日の原因は必ず切り分けられます。温度、湿度、時間、触り過ぎのどれかです。症状から原因を逆算し、次回は一箇所だけ変えて検証します。記録は写真と数値で残し、三回の平均で基準を作ります。
Q&AミニFAQ
Q:クープが開かない。A:角度が立ち過ぎ・初期湿度が不足・最終過発酵のいずれか。角度30〜40度、浅く重ね、スチーム3〜5分を固定します。
Q:底が白い。A:予熱不足か段位置が高い。石や二枚天板で熱容量を増やし、段を下げます。
Q:皮が厚い。A:湿度過多と切替遅れ。色が乗り始めたら蒸気を抜き、仕上げで乾かします。
ミニ用語集
オートリーズ:混合後に置いて粉を潤す工程。こねを助ける。
ベンチ:分割後に休ませる時間。生地温を揃え張りを整える。
窯伸び:投入直後に高さが増す現象。初期の熱と湿度で決まる。
耳:クープの立ち上がり。角度と深さと若さが影響する。
鳴き:冷却中の皮の音。乾きの合図で軽さの指標。
ベンチマークの作り方:① 自宅機の予熱完了からの温度落ちを一度測る ② 好みの色の写真を保存 ③ 粉・水温・生地温・段位置・スチーム分数を毎回記録 ④ 三回平均を自分の基準とする。数字があると修正が速くなります。
症状から原因を逆引きする
横裂け→締め過ぎ・深さ過多。色が薄い→予熱不足・湿度過多。側面が白い→気流不足・段位置高い。内相が詰まる→触り過ぎ・発酵不足。各症状に対し一箇所だけ変更して試すと、因果が見えます。複数同時に変えると学びが薄れます。
記録テンプレートを用意
日付、粉、加水、塩、イースト、水温、生地温、一次・最終の時間、段位置、スチーム分数、総焼成時間、色の満足度を5段階で。写真はクープの角度と耳の立ち上がりが分かる斜め上から。次回の自分宛のメモも一行残します。
上達のロードマップ
最初の三回は配合固定、温度と動線だけ調整。次の三回で加水や粉の置換を1%刻みで触る。記録が溜まったら色と食感の理想像を再設定。工程は変えずに要素を一つずつ磨くと、味わいが段階的に上がります。焦らず平均点を上げる意識が大切です。
トラブルは症状→一因→一手の順に片付けます。記録があなたの先生になります。数字の積み重ねが最短の近道です。
まとめ
バゲットは工程が少ないぶん、一つの判断が味を左右します。配合はベースを固定し、水温と生地温で着地を合わせます。こねない折りたたみで網目を作り、最終は若めで止め、クープは30〜40度で浅く重ねます。焼成は初期3〜5分を潤し、その後は湿度を抜いて色を乗せ、最後は扉を少し開けて乾かします。冷却は縦置きで湯気を逃がし、翌日はリベイクの温度と時間を決めて再び鳴きを聞きます。数値と合図で作業を統一すれば、家庭でも香り高く軽やかな一本に近づけます。

