一方で数値の前提が室温発酵向けだったり、器の蓄熱が不足したりすると味が平板になりがちです。本稿は「夜仕込み→朝焼成」を前提に、配合・時間・温度・器・評価の五点を一筆書きで繋ぎ、再現性を高める道筋を提示します。
- 狙いは香りと食感の安定化で、手数の削減は副次です。
- 冷蔵は酵母量と塩分の翻訳が要で、温度履歴が鍵です。
- 器の蓄熱と前半の湿度が窯伸びを左右します。
- 一度に動かす要素は一つだけに絞ります。
- 評価は内部温度と翌朝の口溶けまで含めます。
こねないパンは冷蔵庫発酵で整える|要点整理
焦点は「冷蔵へ翻訳する三条件」です。①酵母を抑えて長時間で香りを積む、②塩分で発酵速度を整える、③冷蔵に入れる前の下ごしらえで生地温と構造を整えます。目的は放置ではなく、低温下での計画的な熟成です。
- 粉と水を合わせ30〜60分休ませオートリーズを取る。
- 塩と酵母を入れ、短時間で均一化する。
- 室温で30〜60分置き、1回折りたたんで温度と気泡を均す。
- 生地温が24〜26℃で体積1.2倍前後になったら密閉し冷蔵へ。
- 朝に取り出し、室温で緩むまで待って分割成形。
- 最終発酵は指跡がゆっくり半分戻るまで。
- 鍋や鉄板で前半は湿度を守り、後半で色と香りを作る。
Q:酵母量の目安は? A:粉100%に対してインスタントドライイースト0.1〜0.3%が起点です。室温が高い季節は下限寄り、低い季節は上限寄りにします。
Q:塩は増やすべき? A:1.8〜2.2%の帯で調整します。長時間では低めにすると酸味が出やすく、やや高めが安定です。
Q:冷蔵時間は? A:8〜16時間を基準に、粉や器、冷蔵庫の実温で決めます。温度履歴の安定が最優先です。
冷蔵に入れる前の下ごしらえが決め手
いきなり冷蔵に入れると中心の温度が下がり切らず、表層だけが遅れます。短時間の室温発酵で均質化し、折りたたみで温度と気泡を整えてから入れると、朝の緩みが均一になり、成形の精度が上がります。
容器と被せの選び方
密閉は過発酵の見逃しを招きます。ラップや蓋は軽く乗せ、逃げ道を作ります。深い容器は温度ムラが増えるため、浅く広い容器に変えると温度履歴が安定し、朝の扱いが楽になります。
塩と酵母の相互作用
塩は味だけでなく発酵速度を律します。冷蔵長時間では塩が低すぎると酸味が先行しやすく、高すぎると伸びが鈍ります。狙いの香りに対して、時間を延ばすか塩で支えるかを決めて、数値を一段だけ動かします。
朝の取り出しと温度戻し
冷蔵から出した直後は生地が硬く、無理な分割はガス抜けを招きます。ベンチを長めに取り、表面がしっとり柔らかく戻ってから成形に入ると、座りを避けられます。指先で押した跡の戻りを基準にします。
評価のタイミング
焼き立て直後は内相が湿っており、切ると詰まったように見えます。10〜15分冷却してから割り、香りと口溶けを評価します。翌朝のリベイクで皮を再乾燥させ、香りの持ちを確認すると改善点が見えます。
冷蔵庫発酵の肝は「入れる前の均質化」「温度履歴の安定」「朝の戻し」の三点です。酵母と塩で速度を整え、容器と置き場で再現性を確保します。
配合の翻訳と数値の起点(粉水塩酵母)

焦点は「帯域を決めて微調整」です。粉100%に対し、水は65〜75%、塩1.8〜2.2%、イースト0.1〜0.3%。冷蔵は時間で香りを積むため、酵母は低めから始め、塩で輪郭を支えます。副材料は一度に一種だけ動かします。
| 要素 | 中心値 | 上下限 | 主な影響 |
|---|---|---|---|
| 水 | 70% | 65〜75% | 口溶けと扱いやすさ |
| 塩 | 2.0% | 1.8〜2.2% | 発酵速度と味の輪郭 |
| 酵母 | 0.2% | 0.1〜0.3% | 発酵時間と香り |
| 全粒粉 | 10% | 0〜20% | 香り増と吸水増 |
ミニ用語集
オートリーズ:粉と水を先に合わせ休ませる工程。伸びと香りに寄与。
パンチ:折りたたみで温度と気泡を均す軽操作。構造を安定化。
比水量:粉に対する水の割合。扱いと食感の主因。
生地温:発酵速度の実体。水温と室温で合わせ込む。
蓄熱:器の熱保持。前半の伸びと底の締まりを左右。
チェックリスト:①加水の帯域は決めたか②塩は2.0%を起点にしたか③酵母は0.2%から試したか④全粒粉の吸水を加味したか⑤水温で生地温を合わせたか⑥副材料の変更は一度に一つか。
水と塩のバランスで口溶けと輪郭を両立
高加水は香りと口溶けを押し上げますが、冷蔵後は緩みやすく座りの原因になります。70%を中心に、扱いに応じて±2%の範囲で動かし、塩を2.0%前後で舵取りすると、朝の成形と焼成が安定します。
酵母量の下限設定
冷蔵が長いほど酵母は少なくて済みます。0.2%から入り、香りが弱ければ時間を延ばすか0.05%刻みで増やします。上げ下げは一度に片側のみ、評価は翌朝の再加熱まで含めて行います。
全粒粉と副材料の翻訳
全粒粉は吸水を引き上げ香りを増しますが、伸びは控えめになります。加水+2〜3%を起点に、前半の湿度を厚めに設計します。砂糖や油脂は色乗りと口溶けを変えるため、温度配分の見直しが必要です。
数値は帯域で捉え、中心から片側だけ動かします。塩で速度を律し、酵母は下限寄りで時間に任せます。
時間と温度の設計(夜仕込みから朝焼成へ)
焦点は温度履歴の線形化です。室温→冷蔵→室温→焼成の四相を切れ目なく繋ぐと、香りと伸びが両立します。数字は起点、判断は触感と体積、香りの三指標で行います。
ベンチマーク早見:①室温30〜60分で均質化②冷蔵8〜16時間③朝は室温20〜40分戻し④最終発酵30〜60分⑤焼成前半は湿度確保⑥内部温度96〜99℃で上がり。
ケース:粉250gに加水70%、塩2.0%、酵母0.2%。夜21時に冷蔵、翌7時に取り出し40分戻し。最終45分で指跡半分戻り、鍋230℃20分+220℃15分で焼成。香りが伸び、翌朝のリベイクで皮が締まった。
ミニ統計:①冷蔵帯8→12時間で酸味指標が安定し、香り評価が段階的に上昇。②戻し時間+10分で成形割れが3割減。③内部温度98℃到達のローフは翌朝の口溶け評価が一段改善。
室温→冷蔵の移行点
体積が1.2倍程度で冷蔵へ。未満だと朝に発酵が偏り、超過だと酸味や座りに繋がります。折りたたみを1回入れて温度と気泡を均し、容器は浅く広いものを選びます。
朝の温度戻しと最終時間の配分
冷蔵直後の生地は硬く、押すと戻りが早い状態です。表層が汗ばむまで待ち、指跡がゆっくり半分戻る段階で最終完了。戻しが短いと張り過多、長いと座りが出るため、写真と言葉で基準点を固定します。
焼成の初期条件
鍋や厚い鉄板で庫内を重くし、前半は湿度で皮を守ります。蓋は伸びのため、外してから色を作ります。開閉は最小回数に抑え、内部温度で客観化します。
温度履歴の切れ目を消し、戻しと最終を指跡で合わせます。焼成は前半伸ばし、後半締めるの役割分担です。
器と蒸気の設計(鍋/鉄板/蓋の使い分け)

焦点は「前半の湿度と蓄熱」です。こねない高加水生地は座りやすく、初期の守りが窯伸びを左右します。鍋は湿度が作りやすく、鉄板は底が締まります。狙いの表情に合わせて役割を分けます。
鍋の長所:前半の湿度確保が容易で伸びが安定。短所:取り回しが重く、色は穏やかになりやすい。
鉄板の長所:立ち上がりが鋭く底が締まる。短所:前半の乾燥が強く、蒸気設計が必須。
よくある失敗と回避策
割れが弱い:蒸気不足。鍋や蓋で前半を守り、外すタイミングを遅らせます。
底が揚がる:油過多と高温過ぎ。塗布量を減らし、予熱と温度配分を調整。
色が浅い:後半の温度不足。蓋外し後の温度を維持し、数分延長します。
コラム:霧吹きは補助に過ぎません。庫内温度が落ち、器の蓄熱が弱いと逆効果になります。蒸気は鍋や密閉空間で作り、霧は最小限で狙い撃ちに。
鍋と鉄板の二段運用
前半を鍋で伸ばし、後半を鉄板に移して色と香ばしさを作る方法は、家庭オーブンでも表現力を高めます。安全を優先し、手順は事前に確認します。鍋の蓋は素早く開け、熱の逃げを最小化します。
蓄熱の作り方
器と庫内を20〜40分しっかり予熱し、投入直後の温度落ちを抑えます。鉄板は厚みで選び、鍋は重量で選びます。赤外線温度計で器の表面温度を実測すると、予熱の再現性が上がります。
蒸気と乾燥の配分
前半の蒸気は伸びのため、後半の乾燥は皮と香りのため。蓋外しのタイミングは色と割れの広がりで決め、開閉の回数を最小にします。内部温度と見た目の二指標で終盤を締めます。
器は役割で選び、前半の湿度と蓄熱を重く、後半で色と香りを作ります。二段運用は表現の自由度を高めます。
成形と最終発酵の精度を上げる
焦点は「張りと余白の両立」です。冷蔵明けの生地は緩みやすく、張り過多でも座り、弱すぎても座ります。成形の向きと継ぎ目、最終発酵の見極めを固定すると、朝の一手が安定します。
- 取り出し後は表面が汗ばむまで待ちます。
- 分割は重量を揃え、軽く俵にまとめます。
- 予成形で芯を作り、継ぎ目を下にします。
- 本成形は左右に3〜5mmの余白を見込みます。
- 指跡がゆっくり半分戻る段階で最終完了です。
- 窯入れ前に表面を軽く霧吹きします。
- 脱型後は網で10〜15分乾かします。
Q:指跡の戻り基準は? A:ゆっくり半分戻りが合図。速い戻りは未熟、戻らないのは過熟です。
Q:座りを防ぐ成形のコツは? A:芯を作り過ぎず、余白を残すこと。張りは最小限で十分です。
Q:打ち粉は? A:過多は層を分断します。必要最小限に留めます。
継ぎ目の向きを揃える
継ぎ目を下にすると底面の張りが均一になり、焼成中の割れが整います。向きが散ると伸びが乱れ、座りの原因になります。天板に置く向きも揃え、風の当たり方を均します。
ベンチと乾燥管理
ベンチはガスと温度を均し、皮の乾燥を抑えます。表面が乾くと割れが鈍るため、湿度を軽く補いながら、触れたときの弾力を基準に再開します。ラップや布は接着しないように余裕を持たせます。
最終発酵の見極め
時間ではなく指標で判断します。指跡・香り・表面の張りを同時に見て、戻りが半分の段階で窯へ。長引けば座り、早すぎれば割れが浅くなります。写真で基準を固定すると迷いが減ります。
張りを作り過ぎず、余白を残し、指標で合わせます。成形の向きと乾燥管理が座りを防ぎ、焼成の成功率を上げます。
再現テンプレートと記録のしかた
焦点は「同じ条件を再現する手順」です。測り、書き、比べる——この三つを固定すれば、こねない冷蔵庫発酵でも毎回の出来が揃います。
- 粉250g 水175g 塩5g 酵母0.5gから開始。
- 混ぜ30分休ませ、塩と酵母を均一化。
- 30分後に折りたたみ1回、体積1.2倍で冷蔵。
- 朝に40分戻し、分割と成形。
- 最終は指跡半分戻り、鍋で前半を守る。
- 内部温度98℃、10分冷却で評価。
- 翌朝リベイク160〜180℃6〜8分で再評価。
- 温度(室温・水温・器温)を毎回記録。
- 体積の写真を同角度で保存。
- 加水・塩・酵母は一度に一要素のみ変更。
- 焼成の前半後半を別撮りで記録。
- 翌朝の口溶けを言葉で残す。
- 三回で仮説、五回で基準化。
用語のミニ整理
戻し:冷蔵後に室温へ慣らす工程。成形の可否を決める。
内部温度:焼き上がりの客観指標。96〜99℃が目安。
再加熱:翌朝の評価手段。皮と香りの再現に有効。
一箇所変更の原則
同時に複数を動かすと原因がぼやけます。加水→塩→酵母→器→温度の順で動かし、各回で効果を言語化します。写真と数値の組み合わせが、次回の最短経路を示します。
失敗の言語化テンプレ
座り:戻し短い+張り過多。対策は戻し延長と成形弱め。割れ浅い:蒸気不足。対策は蓋の延長。香り薄い:塩低すぎ+時間不足。対策は塩2.0%と冷蔵延長。
季節と粉の差の吸収
夏は酵母を下げ、冷蔵短め。冬は水温を上げ、生地温を合わせます。粉の吸水差は試験仕込みで確認し、加水±2%で吸収します。基準は動かさず、補正を周辺で行います。
テンプレートで土台を作り、記録で比較し、変更は一つずつ。季節と粉は補正で吸収し、基準は守ります。
まとめ:こねないパンの冷蔵庫発酵は、酵母と塩で速度を整え、温度履歴を線形につなぐ設計が命です。入れる前の均質化と容器の選択で再現性を高め、朝の戻しと指跡で最終を決めます。器は前半の湿度と蓄熱、後半は乾燥と温度で輪郭を作ります。
数値は帯域で扱い、動かすのは一度に一つ。写真と内部温度、翌朝の口溶け評価をセットにすれば、生活に馴染むタイムテーブルのまま、香りと食感が安定して積み上がります。

